レベルエンター山本大のブログ

面白いプログラミング教育を若い人たちに

或るエンジニアの生き続ける魂

エンジニアをやっていて、こんなに目頭が熱くなるような経験はこれが初めてかもしれない。



物づくりという仕事は、魂を込めたものを世に出すことだ。

物は、作った人よりも長く生き続けることがある。

それを使う人たちは、多かれ少なかれ作った人のことを想う。

想われつづける限り、その人の生きた痕跡は世に残る。



話は、超有名企業のエンジニアであり、

懇意にしてもらっているSさんという方からのお願いから始まった。


どういったお願いかというと、以下のようなものだ。



Sさんの知り合いで、大手ソフトウェア会社でエンジニアとして務めていた

嶋田通夫さんという方が、

数年前にInterpressという会社をつくって独立し、Javaプロダクトのライセンスビジネスをしていたらしい。

設立当初からWebサーバ管理関係やWebサイト巡回ツールなどを企業向けに提供しており、

2年ほど前から新しいネットワークバックアップツールを開発していたそうだ。



ところが、そのプロダクトの公開を目前にして不慮の事故により、

嶋田さんが急逝されたのだった。




嶋田さんの奥様をはじめとしたご家族から、

今まで嶋田さんが頑張って作ってきたプロダクトをどういう形でもよいので、

世に出したいという意向があり、Sさんに相談があったようだ。

Sさんも周りの人の協力を色々と仰いでみたそうなのだが、

なかなか仕事以外のことで協力してくれる人がおらず

なんとか世に出せないかという相談を弊社クロノスにも頂いた。



相談を聞いて、僕らは役員+役職者の会議で相談した。

業界の大先輩のエンジニアが作ったプロダクトを受け継ぐのは光栄なことだし、

我々も遺族の深い悲しみを何とか救いたいと思った。



しかしソースを見てみると、これを公開するのはそう容易いことではないということを理解した。

ソースが読めるか読めないかの問題ではない。

嶋田さんの高いスキルと経験によって積み上げられたソースコードであり、

ネットワーク系を含む様々な経験と見識が詰まった、とても敷居の高いコードだった。

もちろん、個人で作っていたプロダクトだから設計書なども整備されてはいない。



これは、協力者があらわれないのも無理はなかった。やりたくてもやれないというのが現実だろう。

個人のエンジニアが副業でサポートできるものではないのだ。

かといって大企業が買い取るには、製品として未知数のものであり、リスクだけを被ることになりかねない。




我々も小さな企業だし、自社製品としてリリースしても

サポートしきれなければ、企業としてはリスクが大きい。



しかし、物づくりが好きなエンジニアの大先輩の遺志を引き継ぐことは

技術指向の僕らの会社の方向性とマッチしている。


それになにより、ご遺族のたっての希望を受け継ぐことは、

ビジネスとして仕事をすることだけを目的とした企業ではなく、

人を大事にする企業というからには、やるべきことなんじゃないかという意見で一致した。



この難しい課題に、僕らの会社でも一番のハイスペック技術者である

id:kiy0takaが取り組んでくれた。

業務中ではなく、土日や定時後のプライベートな時間を使っての作業だ。

ドキュメントも無く、コードとしても未完成の状態だったから、相当の苦労をしたようだ。

聞くところによると、ドキュメントが無かったので、

はじめてビルドするだけでも数週間はかかったとのことだ。




そしてついに、先日リリースできる状態にまでこぎつけた。

そのツールがこれだ。


オープンソースバックアップツール「Hotshot」
http://sourceforge.jp/projects/hotshot/wiki/FrontPage



この件に関しては、利益の追求が目的ではないし

現時点で、自社製品として販売するほどのサポート体制が組めないので、

オープンソースツールとして公開することにした。

もちろん、嶋田さんのご遺族の了承を得てのことだ。



我々がサポートをして世に出すということを報告すると、

嶋田さんの奥さんは、電話口で泣きながら喜び、

嗚咽ながらに何度も感謝の言葉をおっしゃってくださったという話を聞いた。



僕らは、この話に協力できて本当に良かったと思った。



そして教えてもらった。

僕らの仕事は形は見えないけれど、やっぱり物づくりなんだ。

良い物をつくれば、物に込められた魂が作った人の命よりも長く生き続けることができるのだと。


製品というよりも、そういった魂を受け取った気持ちだ。

我々の企業がこの製品をサポートする限り、嶋田さんの遺志は受け継がれる。

このストーリーが僕らの会社の中で語り継いでいくからだ。



一度もお会いしたことはないけれど、

嶋田さんのエンジニアとしての人生に敬意と憧れを感じる。