レベルエンター山本大のブログ

面白いプログラミング教育を若い人たちに

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人月は悪どころか、ものすごい善かもしれない

人月計算は、悪だ。

という話はソフトウェア産業にいるエンジニアだったら、誰でも聞いたことがあるだろう。

よく言われる人月計算の悪とは、管理者の意識から個人個人の能力差などの情報が失われることが根本だと僕は考える。


悪影響の一例としてエンジニア単価に能力差が反映されないという点がある。

また別の例として「10人月の工数の作業も20人でやったら0.5ヶ月で終わるんじゃね?」

という単純計算による安易な管理が横行しデスマを生む原因となる。

「人月」の捉え方はともかくとして、すくなくとも良い評判を聞いたことがない。


しかし、僕は最近、人月計算とはとてつもない善ではないかという考え方になっている。

とくにエンジニアに対して「善」、というよりもエンジニアに対して優しさをもって考えられた仕組みだと感じて仕方ない。


人月の神話

人月の神話


その理由の一つはスマフォアプリの価格破壊にある。


スマフォアプリは、個人レベルでも開発ができるソフトウェアであり、
この世界では、多くのアプリが「無料〜1本500円以内」である。
500円で売った有料アプリが、1万本のヒット作になっても500万円の収入だから
それをSI企業が大量の人数でやっていくことには博打要素が大きすぎて無理がある。


BtoCにおけるエンドユーザ目線の値付けは、本来こういったものであろう。
しかし、BtoBでもBtoCと同様の値段観で語られるのがスマフォアプリの特徴だと思う。


それに対して、企業のSI開発は、エンジニアの賃金を含めて最低額は担保しようと月額単金をきめる。

それに対して、人月と言う考え方は、動いた人の給料がベースの考え方である。

だから、そういうのが積みあがって企業向けのソフトウェア開発は1000万とか1億とかすぐに行くんだけど
「まぁ企業向けだからしょうがないか」みたいな空気が、暗黙の文化として根付いている。

エンジニア目線で見ると、人月は悪に見える。
できるやつとできないやつの生産性は10倍も100倍も違うのに、
単価はせいぜい±30%ってところだから、そういう比較をすると納得がいかないのはよくわかる。

しかし、スマフォアプリで分かったように、作ったソフトウェアの価値だけで勝負したら
ほとんどの人が1本84円から、、の世界になるのだ。

たぶんめちゃくちゃできるエンジニアが作ってるのだと思う、アプリ。
でも84円。バグってたら罵詈雑言。当たっても単発。


スマフォアプリの世界では、できる人が作ってもこうだ。
ふつうの人だと趣味でやる以外は参入もできない。


人月万歳!!

...と諸手をあげて絶賛するほどではないし、矛盾もある。


人月商売は、正義か不正義かでいうと、不正義かもしれない。


しかし、
「人月」という、悪の帝王だと思われていたやつが、いろいろ矛盾は孕んでいるとはいえ、意外と元々は人間味のある良いやつだったという、スターウォーズ的なお話で見直して考えてもいいのではないか?



追記:(ブコメへの返答)
人月は管理手法としての悪であり、それそのものが悪ではないと言う人もいるが、
僕は人の10倍できる人が、できない人よりも給料が安い状況を、善だとも正義だとも思わないが
甘んじて許容している素直な人の多さにびっくりした。それともそういうひとは人月による恩恵を享受する側の(人の1倍で仕事してる)人なのかな?


そしてスマフォとインテグレーションを混同するなよ、みたいな意見も多くみられたが
その中でもジョエルの5つの世界にきっちりわけて考えろや!みたいな意見がみられる。
5つの世界とは、
パッケージ、ゲーム、組み込み、インターナル、使い捨て
の5つである。

しかしながら、はっきりいってスマフォ関連の開発は5つの世界のどこにも当てはまり、どこにも当てはまらない世界だと思う。あえて言うなら6番目の世界だ。

僕が問題視しているのは、スマフォが今までのIT業界のどこにも所属していて、しかもどこにも影響のある真ん中付近に(現在の所は)位置することだ。

この10年は必ずこの業界はスマートフォンに影響を受けるだろう。それは技術要素であり、エンジニア単価にまでおよぶ業界の働き方そのものについてもであろう。

ということを言っているつもりで、まぁ勢いで書いてる事は認める。